英虞湾を見下ろす志摩半島の丘に、黒い切妻屋根の棟が点々と並ぶ。伊勢志摩で国際ブランドの一軒を選ぶなら、編集部はアマンの「アマネム」を挙げる。2016年3月1日、アマン東京に続く日本で2軒目のアマンとして、伊勢志摩国立公園の中に開いた。客室は24のスイートと4棟のヴィラ、合わせて28。そのすべてに温泉が引かれている。開業から約2か月後の同年5月、湾を挟んだ賢島でG7伊勢志摩サミットが開かれ、真珠筏の浮かぶこの入江の名は世界の報道に乗った。本稿では、サミットの年に生まれたこの一軒を、湾の輪郭と建築の関係から読んでいく。オーストラリアの建築家ケリー・ヒルは、リアス式の地形と日本の民家を、どのように一つの滞在へと置き換えたのか。初夏と秋という二つの季節を軸にたどる。

※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。

アマネム(Amanemu) — 三重県志摩市浜島町

英虞湾の丘に28の棟が低く並び、そのすべてに温泉が引かれている。アマンが日本の海辺で最初に開いた一軒。

28室(24スイート・4ヴィラ)、国際ブランドの温泉リゾート。

目安価格 ¥387,000–¥476,000 / 泊 (2名1室・通常期)


アマネム — 三重県志摩市浜島町 · 英虞湾の入江と真珠筏を見下ろす丘に、切妻屋根の客室棟が並ぶ全景
PHOTO: アマネム — 公式サイトを見る →

サミットの年、湾の対岸に開いた一軒

2016年5月26日から27日にかけて、G7の首脳会議は英虞湾に浮かぶ賢島で開かれました。四方を水に囲まれ、出入りを限りやすい小さな島であることが、会場に選ばれた理由の一つとされています。その賢島から湾を挟んでおよそ3キロ南西、浜島町の岬の丘にアマネムは建っています。サミット会場そのものではありません。ただ、各国の首脳が集まる約2か月前に開業したことで、「英虞湾」という名は、この宿とサミットという二つの経路で同じ年に海外へ届きました。地図の上で北東へ目を移せば、入江と島影の向こうに賢島があります。国際会議の舞台と、国際ブランドの静かな一軒。同じ水面の向こう岸どうしに、この二つが並んでいます。

リアスの輪郭を、低い棟の連なりに置き換える

英虞湾は、沈んだ谷に海が入り込んでできたリアス式の湾です。岬と入江が細かく入れ替わる岸辺には、真珠やアオサの筏が静かに浮かびます。設計を担ったケリー・ヒル・アーキテクツは、この輪郭に抗って大きな建物を一つ置く方法を取りませんでした。黒い外壁に瓦の切妻を載せた平屋の棟を、丘の等高線に沿って一列ずつ散らしています。空から見ると、客室棟は入江の縁をなぞるように並び、森の緑の中へ半ば沈みます。公式サイトは、客室を「日本の民家にインスパイアされた」空間と説明しています。民家の屋根の形を借りながら、軒を深くし、窓を床から天井まで開いて、視線を湾へと流す。伝統を引用するというより、地形に合わせて建築の縮尺を落とす。その判断に、ケリー・ヒルという建築家の語彙がよく表れていると言えます。アマン東京も同じ事務所の設計ですが、都心の高層階と志摩の丘とでは、同じ抑制がまったく違う形をとっています。

アマネム — 三重県志摩市浜島町 · 夕刻の光を受ける黒い切妻屋根の棟と、水面に棟を映す屋外プール
PHOTO: アマネム — 公式サイトを見る →

滞在の体験 — 温泉と、湾に向く客室

スイートは「ソラ」「モリ」「ナギ」の3種で、室内はいずれも99㎡です。寝室とリビングを一つの空間にまとめ、織物のシャッターを開けると、デイベッドを置いたベランダへつながります。湾への眺めを最も広く取るのはナギ、庭と森に向くのがモリ、その間にあたるのがソラです。2寝室のヴィラは最大6名まで泊まれ、最も広い「ツキ・ヴィラ」は336㎡あります。いずれも温泉の湯殿を別の棟に分けており、家族や小さなグループの旅程に合います。

2,000㎡のアマン・スパには、水着で入る屋外温浴施設「サーマル・スプリング」があります。温度の違う2つの湯を行き来する造りで、ほかに貸切の温泉パビリオンが2棟、トリートメントスイートが4室あります。夕食は、皇室へ食材を献上してきた「御食つ国(みけつくに)」の伝統を引く季節の日本料理です。朝食は伊勢神宮を思わせる白木の箱で運ばれてきます。海女小屋での炭火焼きや英虞湾のサンセットクルーズ、真珠のジュエリーづくりなど、土地に根ざした滞在プログラムも用意されています。

集約レビューが映すこの宿の本質

公開レビューデータを集計すると、評価は食事の質に最も集まっています。その次に、記念日の滞在、温泉、そしてスタッフの細やかな応対が並びます。建築や眺望の評判が先に立つ宿でありながら、印象に残るのは「人」と「湯」だという傾向が見て取れます。一方で、価格に対する厳しい目線もはっきりしています。湾景と温泉を独り占めできる28室という規模は、そのまま料金の高さとして跳ね返ります。滞在の中身がその額に見合うかどうか、判断は人によって分かれます。記念日のために一度きりの予算を組む旅程では満足度が高く、費用対効果を重く見る旅程では評価が割れやすい。数字と感想の両方が、そう示しています。

立地と周辺 — 伊勢と熊野のあいだで

アマネムは伊勢志摩国立公園の中にあり、英虞湾を望むゆるやかな丘陵に建っています。隣接する NEMU GOLF CLUB は湾沿いのシーサイドコースです。最寄りの賢島駅までは送迎があり、車で約20分かかります。伊勢神宮の内宮と外宮、その別宮である伊雑宮、さらに南西の熊野古道へ日帰りで足を延ばせる位置です。巡礼と浄化の土地に、温泉を持つアマンを置く。宿の立地そのものが、滞在の筋書きになっています。

なぜ選ばれるか

アマンとして初めて温泉を持ったリゾートであり、英虞湾という固有の水景と正面から向き合っている点が決め手です。理由は三つあります。第一に、24スイートと4ヴィラという小さな規模のまま、棟を分散させて静けさを確保していること。第二に、ケリー・ヒルの設計が、民家とリアスの地形を一つの建築言語にまとめていること。第三に、伊勢神宮と海女文化という土地の文脈を、食と体験のプログラムに編み込んでいることです。

集約レビューの傾向

食事、記念日の滞在、温泉、スタッフの応対が、評価の高い項目として並びます。とくに食事への言及が目立ち、建築の印象よりも、滞在中の体験が満足度を左右していることがうかがえます。一方、価格への評価は厳しめに出る傾向があります。規模の小ささと立地の贅沢さが料金に反映されるため、費用と体験の釣り合いをどう見るかで、感想が分かれやすい宿と言えます。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    記念日やハネムーンの滞在、建築と風景を目的にする旅、伊勢神宮参拝と組み合わせる連泊、東京・京都のアマンを巡る周遊の中継地
  • 向かない:
    費用対効果を最優先する旅程(価格帯は同エリアの宿の中でも突出して高い)、徒歩で街歩きを楽しみたい人(周囲は森とゴルフ場で、移動は車が中心)、にぎやかなナイトライフを求める人(周辺に繁華街はなく、夜は静かに更ける)

具体情報

  • 最寄り駅: 近鉄 賢島駅から送迎で約20分
  • 主要都市から: 名古屋駅・大阪難波駅からそれぞれ電車で約2時間30分。中部国際空港からヘリコプターで約25〜35分
  • 客室: 24スイート(各99㎡)と4ヴィラ(2寝室、最大336㎡)。全室に温泉あり
  • スパ: 2,000㎡。サーマル・スプリング、貸切温泉パビリオン2棟、トリートメントスイート4室
  • 食事: 伊勢志摩の魚介や松阪牛を使った季節の日本料理。朝食は白木の箱で提供。日本酒は20種類以上
  • 開業: 2016年3月1日(日本で2軒目のアマン)
  • 設計: ケリー・ヒル・アーキテクツ


編集部の評価

評価の内訳: 立地 / 設備 / 体験 / 価格感 / 編集適合度。国際ブランドとしての格、英虞湾の丘という立地、全室温泉という設備の三点で高く評価しました。価格感のみ、控えめに見積もっています。

よくある質問

Q. ベストシーズンはいつですか?

A. 編集部が推すのは初夏(5〜6月)と秋(10〜11月)です。初夏は湾が凪ぎやすく、森の緑がもっとも濃くなります。秋は空気が澄み、英虞湾の夕景が長く続きます。年末年始や大型連休は料金が上がりやすいため、平日を含めた連泊にすると予算を組みやすくなります。

Q. アクセスは?

A. 名古屋駅と大阪難波駅から、近鉄の列車で賢島駅まで約2時間30分です。賢島駅からは宿の送迎で約20分かかります。中部国際空港からヘリコプターの手配もでき、所要は約25〜35分です。東京からは、新幹線で名古屋へ出るルートが一般的です。

Q. 子連れでも泊まれますか?

A. 2寝室のヴィラは最大6名まで泊まれ、公式サイトも家族やグループでの滞在に向くと案内しています。スイートは寝室とリビングが一体の造りで、カップル向きです。屋外のサーマル・スプリングは水着で入るため、家族でも使いやすい施設です。年齢の条件は予約前に宿へ確認してください。

Q. 英語での対応や、海外からの旅人の利用は?

A. 国際ブランドのアマンが運営しており、公式サイトは英語、中国語、フランス語など複数の言語に対応しています。アマン東京、アマネム、アマン京都の3軒を巡る周遊プランもあり、海外からの旅人が日本を一筆書きで回る旅程の中継地として使いやすい一軒です。

Q. 伊勢志摩サミットの会場はここですか?

A. いいえ。2016年のG7伊勢志摩サミットの会場は、英虞湾に浮かぶ賢島のホテルでした。アマネムは湾の南西岸、浜島町の丘にあり、賢島とは直線で約3キロ離れています。開業はサミットの約2か月前です。

本記事の参考情報

・アマネム 公式サイト — 客室・スパ・ダイニング・アクセス
・伊勢志摩観光ナビ(伊勢志摩観光コンベンション機構) — 伊勢志摩サミットの記録
・Wikipedia: 第42回先進国首脳会議 — 開催日程と会場選定の背景
・Wikipedia: 英虞湾 — リアス式海岸と真珠養殖の地理

編集部から

国際ブランドが日本の海辺に宿を開くとき、問われるのはブランドの様式をどれだけ持ち込むかではありません。土地の輪郭にどれだけ従えるか、です。アマネムはその問いに、低い棟を等高線に沿って並べ、全室に温泉を引くという答えを出しました。サミットで世界に知られた湾の対岸にありながら、建築は声を張りません。湾を見下ろすのではなく、湾の縁に身を寄せるような一軒です。英虞湾の入江に開いた海前の宿や、独立棟のヴィラを扱った記事と読み比べると、同じ水景を宿がどれほど違う距離で受け止めているかが見えてきます。次に湾を訪れるとき、あなたは丘の上と水際の、どちらの距離を選ぶでしょうか。

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