梅雨明け前の午後、海から戻り、山の湿った緑を見ながらページをめくる──。リゾートのライブラリーは、客室や食事と並ぶ滞在の要として、ここ十年ほどで明確に設計対象になった。Aman、Six Senses、Park Hyatt といった国際ブランドが日本に建てたリゾートでは、本棚が客室の外に置かれている。書架の方角、ソファの並び、外光の取り入れ方。三軒の事例を通して、リゾートにおける読書という余白の作り方を見比べたい。

※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。

本棚が客室の外に出る、ということ

ホテルにおける読書は、長く客室の机周りに留め置かれていた。チェアの傍にスタンドが一つ、棚にハードカバーが数冊。そこから一歩進んで、ライブラリーを共有空間として独立させた最初期の事例は、Aman ブランドが2000年代にアジア各地で展開したリゾート群に遡る。日本では、2016年にアマネムが伊勢志摩の入り江に開業し、2019年にアマン京都が洛北鷹峯の森に開いた頃から、「ライブラリーを建物として置く」という発想が定着し始めた。Park Hyatt は2020年にニセコ・花園エリアで合流し、北海道のスキーリゾート文化にもこの空間文法を持ち込んだ。

共通するのは三点ある。第一に、ライブラリーは食事のためのレストランとは別棟、もしくは別フロアに置かれる。第二に、ソファは壁向きではなく窓向きに並ぶ。第三に、書架は天井まで届くケースが多いが、座面からの視線が抜けるよう中段は意図的に開かれている。建築家が「読書する人の目線」を測ってから棚を組んでいる、と言ってよい。

洛北の森を背負う、アマン京都のリビング・パビリオン


アマン京都 — 京都市北区鷹峯 · 森の中に置かれたリビング・パビリオン外観
PHOTO: アマン京都 公式サイト →

アマン京都は、洛北の鷹峯、金閣寺から車で十分ほど登った森の中に建つ。26室、2019年11月の開業。建築は Kerry Hill Architects の手による最後期の作品で、敷地は約24,000㎡。レセプション・パビリオン、リビング・パビリオン、ダイニング・パビリオン、スパ・パビリオンが回廊と石畳でゆるやかに結ばれている。Media Picks Score: 88 / 100。目安価格は ¥502,000–¥584,000(1泊2名、通常期)。

このうち読書空間にあたるのが「リビング・パビリオン」だ。Aman は近年、ライブラリーという固有の建物を新規開業で減らしていると言われるが、アマン京都の場合、リビング・パビリオンが事実上それを兼ねている。低い天井、漆喰の壁、紙の灯。書架は南向きの壁面に低めに据えられ、ソファは森の方角に向かって配される。午後三時を過ぎると、雲母のような光が紙面を撫でるように動く。雨の日──ここでは雨が珍しくない──には、外の苔の濃さに連動して室内の色温度が落ちる仕掛けになっていて、編集部はこの時間帯にこそ訪れたい一軒だと感じる。

食事は懐石ベース、温泉は敷地内の自家源泉。客室の窓から見えるのは森と空のみで、人工の灯がほぼ視界に入らない設計。書架の中身は美術書と京都の郷土史を中心に、英語の建築書が混じる。読書を「観光の合間の余白」ではなく「滞在の主目的」に据えてよいだろう。

英虞湾を見渡す、アマネムのメインパビリオン


アマネム — 三重県志摩市浜島町 · 英虞湾を見下ろす丘上のリゾート俯瞰
PHOTO: アマネム 公式サイト →

アマネムは、伊勢志摩国立公園の中、英虞湾を見下ろす丘の上に2016年3月に開業した、Aman ブランド初の温泉付きリゾート。スイート24室、ヴィラ8棟(計28室区分)の構成で、敷地は約25万㎡。建築はやはり Kerry Hill によるもので、伊勢神宮の社家建築と数寄屋の語彙が下敷きになっている。Media Picks Score: 93 / 100。目安価格は ¥297,000–¥634,000(1泊2名、通常期)。

アマネムの読書空間はメインパビリオンの最上層、英虞湾を真正面に望む位置に配されている。書架は東面と北面の二壁、ソファは湾に向かって扇形に並ぶ。窓は床から天井まで開かれ、真珠筏が浮かぶ湾の風景がそのまま「絵」として持ち込まれる。午後の光は強すぎず、夕刻には西陽が回り込んで紙面を温める。Aman 京都が森に囲まれた密度ある空間であるのに対し、アマネムのライブラリーは「開かれた展望台」としての性格が強い。

夏──特に梅雨明け前後の6月下旬から7月中旬──には、湾の海霧が朝に立ち、午後に晴れ上がる気象パターンが多い。霧が引いていく時間に書架の傍に座ると、外景がゆっくり奥行きを取り戻していくのが見える。これは編集部が「アマネムの読書時間として最良」と推したい瞬間だ。書架には日本美術と伊勢志摩の地理書、海の写真集が並ぶ。湾を見ながら湾の歴史を読む、という閉じた回路が成立している。

羊蹄山に向かう、パークハイアットニセコのラウンジ


パークハイアットニセコHANAZONO — 北海道倶知安町 · 羊蹄山を望む花園エリアのリゾート外観
PHOTO: パークハイアットニセコHANAZONO 公式サイト →

パークハイアットニセコHANAZONOは、ニセコ・花園エリアのゲレンデに直結する五つ星リゾートとして、2020年1月に開業した。100室、運営は香港の PCPD(鵬程亞洲)が手がける Hanazono リゾートの中心施設として位置づけられている。Media Picks Score: 95 / 100。目安価格は ¥85,000–¥132,000(1泊2名、通常期)。冬のスキー需要が記憶されがちだが、6月の緑のニセコ、特に羊蹄山がくっきりと姿を見せる午後は、夏のこのリゾートの真価が立ち上がる時間帯だ。

ライブラリー機能を担うのはロビー階のラウンジで、書架は羊蹄山を望む南面に背を向ける形で立ち、ソファは山に対して扇形に開く。Aman 二軒のような密度ある建築語彙ではなく、もっとオープンで「広いリゾートホテルの共有空間」として作られている──スキー客の動線、家族連れの混在、午後の小休止の場、そのすべてを引き受けるための広さ。建築は同じ Kerry Hill Architects(最終承認は別事務所が引き継いだとされる)だが、アジャストされた語彙は北海道の広域感に合わせて伸びやかに展開している。

書架の構成は山岳文学、北海道のアイヌ文化史、英語のスキー文化書が並ぶ。Aman 二軒の「読むための場所」と比べると、ここは「読み始めるための場所」という性格が近い──子どもが書架の下段から絵本を取り出すような、開かれた読書文化の在り処として設計されている。家族でリゾートに来て、午後のひととき大人だけが本に向かう、というシナリオに合う一軒。

三軒に通底するもの、分かれるもの

アマン京都・アマネム・パークハイアットニセコ──この三軒のライブラリー(あるいはライブラリーを兼ねた共有空間)を見比べると、共通項と差異がはっきり浮かぶ。共通するのは「外光をどう取り込むか」「ソファをどの方角に向けるか」「書架と外景の間にどれだけ距離を取るか」という三つの設計変数を、いずれの建築家も注意深く扱っていることだ。Aman 二軒は Kerry Hill による直接設計、パークハイアットニセコも同事務所のレガシーを引き継ぐ語彙で構築されている。書架の方角と窓の向きが揃わない、というのは三軒に共通する手法で、「本を読む」と「外を見る」を完全に重ねず、ソファに座った身体がその二つの間で揺らぐ余地を残している。

分かれるのは外景の性格と気候だ。京都は森と苔と雨、伊勢志摩は湾と海霧と西陽、ニセコは山と雲と乾いた風。読書という静的な営みのために、これだけ性格の異なる外景を持つ三つの選択肢が、国内で同時に成立していることは、リゾート文化の成熟を示す事実だと言える。

もう一つ、編集部として書き残しておきたいのは「料金」のことだ。アマン二軒は1泊30万円から60万円台、パークハイアットニセコは1泊8万円台から13万円台──同じ「ライブラリー付きリゾート」というカテゴリで、この価格差は何を意味するか。Aman のそれは、所有体験としての読書、つまり「自分のための書架と時間を買う」近接の体験。パークハイアットニセコのそれは、ホスピタリティとしての読書、つまり「広いリゾートの中で読書という選択肢が用意されている」距離の体験。どちらが上、ということではなく、旅人の側がどちらを欲しているかで選ばれる、別種類の時間だと整理できる。

具体情報(3軒比較)

宿 エリア Score 客室 目安価格 読書空間の性格
アマン京都 京都・洛北鷹峯 88 26 ¥502–¥584k 森と苔。閉じた密度のリビング・パビリオン
アマネム 伊勢志摩・英虞湾 93 28 ¥297–¥634k 湾と海霧。展望台としての書架
パークハイアットニセコHANAZONO ニセコ・花園 95 100 ¥85–¥132k 山と雲。開かれた共有ラウンジ

よくある質問

Q. 三軒のうち、ライブラリーが最も独立した空間として設計されているのは?

A. アマン京都の「リビング・パビリオン」が最も独立性が高い。客室棟・ダイニング棟・スパ棟と完全に別棟で、回廊で結ばれている。雨の日や雪の日には、傘を差して移動することそのものが滞在の余白として機能する設計だ。アマネムは「メインパビリオン」の最上層、パークハイアットニセコは「ラウンジ」というカテゴリで、いずれも他機能と隣接する。

Q. ベストシーズンは?

A. 三軒に共通して、編集部が推す時期は梅雨明け前後の6月下旬から7月中旬。京都は森の苔が最も濃くなり、伊勢志摩は海霧と晴れ間の往復が午前から午後にかけて起きる気象、ニセコは羊蹄山が雲を抜けて見える日が多い。冬季はパークハイアットニセコのみスキー繁忙期で料金が大きく上昇する。

Q. 子連れでも読書空間を使えるか?

A. アマン京都・アマネムは小学生以下の同室不可、もしくは制限ありの場合が多く、共有空間も大人向けに設計されている。パークハイアットニセコは家族客の利用が多く、ラウンジに絵本コーナーが設けられている。子連れで読書時間を確保したい場合は、このうちパークハイアットニセコが現実的な選択肢になる。

Q. 英語対応は?

A. 三軒とも国際ブランドのスタンダードで、英語・中国語に通常対応。Aman 二軒は予約・コンシェルジュ業務もブランド本部の流儀に基づき、海外からの長期滞在客が一定割合を占める。パークハイアットニセコはニセコ全体の外国人比率の高さを反映し、英語が事実上の第二公用語として機能する場面が多い。

Q. 最低宿泊数の縛りはあるか?

A. アマン京都・アマネムは通常2泊以上を推奨する販売が中心。年末年始・GW・夏休み・紅葉ピーク期は3泊以上が条件になる場合がある。パークハイアットニセコは冬季ピーク(1-2月)は5泊以上が一般的、夏季は1泊から販売される。

本記事の参考情報

Aman Kyoto 公式 — 客室・施設・建築の一次情報
Amanemu 公式 — 伊勢志摩のリゾート概要
パークハイアットニセコHANAZONO 公式 — 花園エリアの運営主体ページ
Wikipedia: 伊勢志摩国立公園 — 英虞湾の地理背景

編集部から

ライブラリーが客室の外に出る、という設計変更は、リゾートにおける時間の使い方を「することの連続」から「読むこと・見ること・考えることの余白」に静かに書き換える試みだ。三軒それぞれが選んだ外景──森・湾・山──の前で、本を開く時間を持つ。それだけで、リゾートに来た意味の一つが満たされる。次に Tabilog 編集部が取り上げたいテーマは、「客室の外に出た浴室──Aman・Six Senses が日本リゾートで実装した露天露地のバスタブ」。読書空間と同じく、機能を客室の外に解放する設計の系譜として続けて見ていきたい。

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