滞在の長い旅では、本を読む時間がいちばんの贅沢になる。インド洋を望む島で午後を過ごした旅人なら、リゾートが「読書のための場所」をどこに置くかという設計判断が、そのブランドの哲学そのものであることを知っている。この数年、日本国内の国際ブランドリゾートが揃って打ち出しているのが、客室の机ではなく、独立した一棟として、あるいは見晴らしのいい中央の広間として、ライブラリーを構える発想である。本を持ち出してソファに沈み、夕刻の灯がともる頃に書架へ戻す——その静かな所作のための空間を、ブランドはどう描き分けているのか。京都・伊勢志摩・ニセコ、三つの地で、書架の方角と外光の取り入れ方を見比べてみたい。

※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。

客室の机から、書架のある広間へ

かつてリゾートホテルにおける読書は、客室のデスクに置かれた数冊の地域本と、ベッドサイドの読書灯のためのものだった。ところが2010年代後半、国際ブランドの新規オープンが続いた日本市場で、設計思想がはっきりと変わる。書架を独立させ、客室棟から少し歩いた先に、もしくは中央のロビー機能と接続させて、ライブラリー単独の空間を持たせる。海外のアマン本社が出している建築解説では、ライブラリーを「滞在の知的な背骨」と位置づける表現が繰り返し出てくる。リトリート型のリゾートにとって、本のある場所は、温泉やプールと並ぶ滞在装置なのだ。

この発想は、日本の旅人にとって新鮮だった。和の宿には茶室や広縁という余白の空間はあるが、明確に「読むための広間」が設計図に描かれることは少なかった。国際ブランドが日本にライブラリー文化を持ち込んだ、というよりは、日本の素材と方角への感受性に、ライブラリーという建築言語が出会った、と言ったほうが正確かもしれない。

1. アマン京都 — 京都市北区 鷹峯

鷹峯の森の中、独立した一棟として置かれたライブラリー・パビリオン——読書という時間に建築を一棟与えた、最も明快な解。

Media Picks Score: 88 / 100  26室、森の中の山岳リゾート。

目安価格 ¥503,000–¥584,000 / 泊 (2名1室・通常期)


アマン京都 — 京都北区 鷹峯 · 鷹峯三山の麓、森の庭に複数のパビリオンが点在するリゾート
PHOTO: アマン京都 — 公式サイトを見る →

金閣寺の北、鷹峯三山の麓に開かれた約24,000平米の敷地は、苔と石組と檜の森に複数のパビリオンが点在する構成になっている。ライブラリー・パビリオンは、客室棟とも、レストランとも、温泉とも独立した一軒として設計されており、宿泊棟から砂利を踏んで歩いていく距離にある。設計上の判断として明快なのは、読書を「移動して、訪れる時間」として位置づけた点だ。雨の日には傘を差し、晴れた日には森の匂いを通り抜けて、ようやく扉を開ける。書架は天井近くまで及び、京都の歴史と禅、日本庭園、現代美術についての洋書が中心。北側に取られた大きな窓の向こうには、苔の庭と杉の木立がある。午後のひととき、館内移動という行為そのものが、滞在のリズムを変える設計だと感じられる。

2. アマネム — 三重県志摩市 伊勢志摩国立公園

伊勢志摩国立公園の英虞湾を望む高台、水景に開いた広間がそのまま読書の空間になる温泉リゾート。

Media Picks Score: 91 / 100  28室、温泉付きヴィラ・スイートを中心としたリゾート。

目安価格 ¥303,000–¥578,000 / 泊 (2名1室・通常期)


アマネム — 三重県志摩市 · 英虞湾を見下ろす高台に建つ古民家様式のリゾート全景
PHOTO: アマネム — 公式サイトを見る →

伊勢志摩国立公園の中、英虞湾を見下ろす高台に建つアマネムでは、ライブラリーがメインビルディングの一部として、ラウンジと書架と暖炉が一続きの広間に整理されている。アマン京都が独立棟という回答を選んだとすれば、こちらは「中心に置く」という回答だ。水景に向かって長く取られた開口部からは、午後のひととき、英虞湾の海面の光が反射して天井まで届く。書架は伊勢の海女文化、神宮、日本の温泉史についての本が多く、アマンが伊勢志摩という土地をどう読み解いているかが書架の選書からも見て取れる。2,000平米の温泉スパで身体を緩めたあと、湯上がりにこのライブラリーに戻る動線は、滞在のリズムを「水で緩めて、本で結ぶ」と設計したかのように感じられる。海から戻った午後の静寂、という言葉に最も近い空間だ。

3. パークハイアット ニセコ HANAZONO — 北海道倶知安町

羊蹄山と花園のスロープを正面に望む2階建ての広間「The Lounge」が、暖炉と書架を抱えた一日中の居場所になる。

Media Picks Score: 93 / 100  100室、山岳リゾートホテル。

目安価格 ¥84,000–¥130,000 / 泊 (2名1室・通常期)


パークハイアット ニセコ HANAZONO — 北海道倶知安町 · 花園リゾートのスロープに直結する5つ星リゾートの外観
PHOTO: パークハイアット ニセコ HANAZONO — 公式サイトを見る →

ニセコ・花園リゾートの斜面上に建つこのホテルでは、ロビーに隣接する「The Lounge」が暖炉とソファ、そして書架を擁する一続きの広間として設計されている。アマン2軒のような禅的な独立空間ではなく、山岳リゾート的な「みんなが過ごす居間」としての性格が強い。ピクチャーウインドウの向こうには羊蹄山と花園のスロープが正面に広がり、冬は雪、春から夏は緑、秋は紅葉と、季節ごとに違う景色を背に本を読むことになる。書架にはニセコの自然誌、北海道の食、スキー文化史についての本が並ぶ。100室規模のリゾートで、これだけの広間を読書空間として開放するという判断には、滞在型リゾートが「アクティビティのない時間」をいかに豊かに設計するかという、ブランド側の確信が見える。6月から7月は、雪のニセコしか知らない旅人にこそ訪れてほしい季節だ。

3軒に通底する設計思想——ライブラリーは「移動」と「方角」で決まる

3軒のライブラリーを並べてみると、それぞれが置かれた位置と建築上の役割は、土地の性格と密接に結びついている。森に独立棟を置いたアマン京都、水景に向けて中央の広間に置いたアマネム、山岳の眺望に向き合う居間として置いたパークハイアットニセコ。共通しているのは、ライブラリーが客室の延長ではなく、滞在の中で「訪れる場所」として設計されている点だ。雨の日には扉を開ける動機になり、海から戻った午後には水で冷えた身体を温める場所になり、夜には灯の落とし方そのものがブランドの設計言語になる。

梅雨明け前後の6月から7月、日本の外光がもっとも柔らかくなる季節は、こうしたライブラリーで過ごす午後にとって最良の時期である。冷房の効いた広間で、窓の外の緑を眺めながら、土地のことを書いた本のページをめくる——リゾートにおける読書という時間の余白を、もっとも豊かに享受できる季節だと言える。次の旅で、客室の机の外に出された書架を、目的地として訪れてみてほしい。

よくある質問

Q. ライブラリーは宿泊者以外も利用できますか?

A. 3軒とも基本的に宿泊者専用の空間で、レストラン利用や日帰り温泉プランの場合の利用可否は施設ごとに異なる。アマン京都とアマネムはレストラン予約客にもラウンジエリアへのアクセスが認められる場合がある。詳細は各公式サイトで確認するのが確実である。

Q. 蔵書は日本語と英語、どちらが多いですか?

A. 国際ブランドの3軒はいずれも英語と日本語の両方を備えており、海外からのゲスト比率が高い京都・伊勢志摩の2軒は洋書比率がやや高い。土地の歴史と文化に関する本が選書の中心であり、ベストセラー小説のような汎用書は少ない。

Q. 滞在中、ライブラリーでどの程度の時間を過ごせますか?

A. 3軒ともライブラリーは午前から夜まで開放されており、宿泊者は自由に出入りできる。アマネムは温泉スパとの動線が短く、長い滞在では1日の中で何度も立ち寄る使い方になる。アマン京都は他のパビリオンへの「移動」がある分、訪れる回数は限定的だが、滞在の節目を作る空間となる。

Q. ベストシーズンはいつですか?

A. 京都・伊勢志摩は5月の新緑、6〜7月の梅雨明け、10〜11月の紅葉が良い。ニセコは冬のスキーシーズンが主役だが、6〜9月のグリーンシーズンは山岳と高原の景色をライブラリーから楽しむ最良の時期となる。本記事のテーマである「読書のための午後」を最大化したいなら、外光が長く柔らかい初夏が編集部が推す時期である。

Q. 子連れでも滞在しやすいですか?

A. 3軒とも子連れの宿泊は受け入れているが、ライブラリーは静寂を共有する空間であるため、未就学児を連れての長時間滞在は配慮が必要となる。パークハイアットニセコは100室規模のリゾートとして家族客の比率が高く、ファミリースイートやキッズプログラムが用意されている。アマン2軒は静けさを優先する一人旅・カップル旅により向く設計といえる。

本記事の参考情報

Aman Kyoto 公式サイト — 施設構成・ライブラリーパビリオン
Amanemu 公式サイト — 伊勢志摩のリゾート紹介
Park Hyatt Niseko HANAZONO 公式サイト — The Lounge と施設情報
環境省 伊勢志摩国立公園 — 国立公園内の自然・地理情報

編集部から

リゾートにとってライブラリーは、装飾でも蔵書数の競争でもない。土地と滞在のリズムを設計する建築言語であり、ブランドの哲学が最も率直に現れる場所だ。今回取り上げた3軒に共通する答えは、「客室から歩いて訪れる」という距離の感覚を、ライブラリーが担っていることだった。次は、海外で同じ設計思想を打ち出しているリゾート——インドネシア、スリランカ、モルディブのアマン系列——についても、書架の位置を見比べていきたい。

次に読むなら