英虞湾を見下ろす丘の上で、ロビーよりも先に目に入るのは一枚の温泉だった。国際ラグジュアリーブランドが日本に降りるとき、近年その語り口は静かに移っている。客室の格や装飾の豪華さではなく、滞在中に何を体験したか——同じ系譜の宿が、海辺と山岳と古都でそれぞれ異なる文法を選ぶとき、共通して捨てたものと、残したものがある。本稿は、三重・北海道・京都に置かれた三つの一軒を横断し、「格式」から「体験」への重心移動を、ブランドを越えた一つの判断として読む。

ブランド エリア Score 客室 目安価格 置き換えた重心
アマネム 三重・志摩 93 28 ¥310–¥580k ロビーの中心に温泉を据えた海の宿
バンヤンツリー・東山 京都 京都・東山 92 52 ¥182–¥335k 能舞台と源泉で古都を体験に翻訳
東山ニセコビレッジ・R-C・リザーブ 北海道・ニセコ 91 50 ¥74–¥140k 羊蹄山の眺望を客室の主役に

※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。

ロビーの代わりに、水が置かれた

かつて国際ラグジュアリーの中心には、必ずロビーがあった。高い天井、磨かれた石、到着した客を受け止める社交の舞台。そこは「格式」を最初に伝える装置だった。ところが2010年代後半以降、日本に降りたブランドの何軒かは、その中心を別のものに置き換えている。アマネムでは、到着して最初に視界へ入るのは社交の間ではなく、英虞湾へ向かって開いた温泉のサーマルスプリングだった。水を建築の重心に据えるという判断は、ロビーが担っていた「迎える」機能を、滞在そのものへ溶かす試みである。

アマネム — 三重・志摩、海に開いた温泉の文法

英虞湾を見下ろす丘の上、ロビーよりも先に温泉が客を迎える、アマン初の温泉リゾート。

Media Picks Score: 93 / 100  28室、伊勢志摩国立公園内の温泉リゾート。

目安価格 ¥310,000–¥580,000 / 泊 (2名1室・通常期)


アマネム — 三重・志摩 · 英虞湾を見下ろす丘の上に建つアマン初の温泉リゾートの全景
PHOTO: アマネム — 公式サイトを見る →

2016年に開いたアマネムは、アマンが世界で初めて温泉を主役に据えたプロパティだった。名は梵語の「アマン(平安)」と日本語の「合歓(ねむ)」を重ねたもので、その通り、ここでは社交よりも沈黙が設計されている。28のスイートとヴィラはいずれも室内に温泉浴を備え、共用のサーマルスプリングは英虞湾の入り組んだ稜線へまっすぐ開く。海まで歩いて降りる宿ではない。海を遠景として眺め、湯に沈むための高さを選んだ宿である。日本のミンカ建築から借りた低い軒と土の色は、リゾートが土地から浮き上がらないための錨として効いている。滞在中に分かるのは、ここで売られているのが眺望でも料理でもなく、何もしないで過ごす時間の質だということだ。価格は泊数で語られ、一泊で消費する種類の宿ではない。

  • 立地: 三重県志摩市浜島町、伊勢志摩国立公園内(伊勢神宮から車で約40分)
  • 客室: 全28室(スイート24・ヴィラ8)、全室に室内温泉浴を備える
  • 開業: 2016年3月(アマン初の温泉リゾート)
  • 体験の核: 英虞湾を望むサーマルスプリング、温泉スパ
  • 緯度経度: 34.2925, 136.7970


価格ではなく、泊数で語る設計

もう一つの共通点は、語りの単位が「一室いくら」から「何泊するか」へ移っていることだ。海辺で湯に沈むにせよ、山で雪と稜線を眺めるにせよ、これらの宿は一泊で完結しない構造を持っている。京都・東山に2024年に開いたバンヤンツリー・東山 京都は、その点で都市の宿でありながらリゾートの時間を持ち込んだ稀な例である。

バンヤンツリー・東山 京都 — 古都を体験へ翻訳する

清水寺にほど近い東山の高台で、能舞台と源泉を擁し、市内を一望する日本初のバンヤンツリー。

Media Picks Score: 92 / 100  52室、隈研吾が設計を手がけた高台のラグジュアリーリトリート。

目安価格 ¥182,000–¥335,000 / 泊 (2名1室・通常期)


バンヤンツリー・東山 京都 — 京都・東山 · 高台に湧く源泉を引いた温泉と古都の眺望
PHOTO: バンヤンツリー・東山 京都 — 公式サイトを見る →

2024年に日本へ初進出したバンヤンツリーは、東山の霊山町、清水寺へ続く斜面の高台に52室を構えた。建築は隈研吾。市内を一望する立地に、竹のパビリオン、天然温泉、そして本格的な能舞台を持ち込んだ。注目すべきは、これらが「観光の付帯設備」ではなく滞在の核として設計されている点だ。古都・京都は本来、寺社や町並みという外部の体験へ客を送り出す都市だった。バンヤンツリーが選んだのは、その都市性を敷地の内側へ翻訳することである。能の幽玄、源泉の湯、東山の稜線——外へ出かけて消費するはずだったものを、宿の中で完結させる。ウェルネスを出自とするこのブランドにとって、それは自然な選択だった。滞在中に分かるのは、京都を「巡る」のではなく「留まって眺める」という、もう一つの古都の過ごし方である。

  • 立地: 京都市東山区清閑寺霊山町(京都駅からタクシー約15〜20分)
  • 客室: 全52室、市内を望む高台
  • 開業: 2024年8月(日本初のバンヤンツリー)
  • 体験の核: 天然温泉、能舞台、竹のパビリオン、設計は隈研吾
  • 緯度経度: 34.9982, 135.7835


現地の文化との、距離の取り方

三つ目の共通点は、土地の文化との距離をどう測るかという問いに、それぞれが明確な答えを持っていることだ。アマネムは伊勢志摩の温泉文化を建築の中心へ引き込み、バンヤンツリーは京都の能と源泉を敷地に翻訳した。では雪国の山岳ではどうか。北海道ニセコに2020年に開いた東山ニセコビレッジ・リッツ・カールトン・リザーブは、土地の主役である羊蹄山そのものを、客室の文法に据えた一軒である。

東山ニセコビレッジ・リッツ・カールトン・リザーブ — 山を客室の主役にする

羊蹄山とアンヌプリに挟まれた雪原で、眺望を装飾の代わりに据えた国内唯一のリッツ・カールトン・リザーブ。

Media Picks Score: 91 / 100  50室、国内唯一の「リッツ・カールトン・リザーブ」。

目安価格 ¥74,000–¥140,000 / 泊 (2名1室・通常期)


東山ニセコビレッジ・リッツ・カールトン・リザーブ — 北海道ニセコ町 · 羊蹄山を望む雪原に佇むアルパインリゾート
PHOTO: 東山ニセコビレッジ・リッツ・カールトン・リザーブ — 公式サイトを見る →

「リザーブ」は、リッツ・カールトンが世界に数えるほどしか持たない、より私的で土地に根ざしたコレクションである。その国内唯一の一軒が2020年、ニセコビレッジの森に降りた。50室の宿は、装飾の豪華さではなく、窓の向こうに広がる羊蹄山とニセコアンヌプリの稜線を、客室の主役として扱う。冬は雪、春は新緑、その季節ごとに表情を変える山岳を、建築は遮らない。ここでも捨てられたのは過剰な格式であり、残されたのは土地そのものへの没入だった。スキー、乗馬、ジップライン——アクティビティは豊富だが、それらは滞在を埋めるための消費ではなく、雪国に「留まる」理由として配置されている。三軒のなかで価格帯は最も穏やかだが、それは体験の密度が低いからではない。山岳という主役が、そもそも無償でそこにあるからだ。滞在中に分かるのは、ラグジュアリーの新しい定義が、所有ではなく眺めることへ移っているという事実である。

  • 立地: 北海道虻田郡ニセコ町、ニセコビレッジ内(羊蹄山・ニセコアンヌプリを望む)
  • 客室: 全50室、国内唯一のリッツ・カールトン・リザーブ
  • 開業: 2020年12月
  • 体験の核: 羊蹄山の眺望、スキー、乗馬、ジップライン、温泉スパ
  • 緯度経度: 42.8436, 140.6829


共通して捨てたもの、残したもの

三軒を横断して見えてくるのは、国際ラグジュアリーが日本で行った一つの判断だ。捨てたのは、装飾の過剰さ、ロビーという社交の装置、そして一泊で完結する消費の構造である。残したのは、土地そのもの——海辺の温泉、古都の能と源泉、山岳の稜線という、買うことのできない景色への没入だった。同じブランドの系譜が海と山と古都で異なる文法を選びながら、根のところで同じ転換を共有している。「格式」とは外から持ち込む価値であり、「体験」とはその場所にしかない価値だ。国際ブランドが日本の海と山に置き換えた重心とは、つまり、自分たちが運んできたものより、その土地がもともと持っていたものを上位に置く、という編集の選択にほかならない。

よくある質問

Q. 英語対応はありますか?

A. 三軒とも国際ブランドであり、英語での予約・接客に対応している。アマネムとリッツ・カールトン・リザーブは海外からの滞在客の比率が高く、バンヤンツリーも2024年の開業当初から英語圏の旅行者を想定した運営を敷いている。海外メディアでの紹介歴も豊富で、訪日リピーター層からの評価傾向は安定している。

Q. 子連れでも滞在できますか?

A. 東山ニセコビレッジ・リッツ・カールトン・リザーブは、乗馬やジップラインなど屋外アクティビティが充実しており、家族での滞在に向く。アマネムとバンヤンツリーは静けさを重んじる設計のため、年齢制限や対応の可否は宿により異なる。各公式サイトで最新の方針を確認したい。

Q. 最低何泊からが向きますか?

A. いずれも「泊数で語る」設計の宿で、一泊では体験の核を味わいきれない。温泉やスパ、能舞台、山岳のアクティビティを含めると、2泊以上の滞在が滞在型リゾートとしての本領に合う。とりわけアマネムは、何もしない時間の質を味わう構造のため、連泊を前提に設計されている。

Q. ベストシーズンはいつですか?

A. アマネムは温暖な伊勢志摩で通年向くが、英虞湾の光が穏やかな春と秋に編集部は惹かれる。バンヤンツリー・東山 京都は桜と紅葉の東山が格別。東山ニセコビレッジ・リッツ・カールトン・リザーブは雪の冬と新緑の初夏で表情が大きく変わり、いずれの季節も滞在の動機になる。

Q. アクセスは?

A. アマネムは伊勢志摩国立公園内で、最寄りは近鉄賢島駅から車。バンヤンツリー・東山 京都は京都駅からタクシー約15〜20分。東山ニセコビレッジ・リッツ・カールトン・リザーブは新千歳空港から車で約2時間半、ニセコビレッジ内に位置する。

本記事の参考情報

環境省 伊勢志摩国立公園 — アマネムが位置する国立公園の地理情報
Wikipedia: ニセコ町 — 羊蹄山・ニセコエリアの背景
日本政府観光局 (JNTO) — 訪日旅行の総合情報

編集部から

海辺で湯に沈む宿、古都を敷地に翻訳した宿、山を客室の主役にした宿。三つの一軒は、それぞれ別のブランドが、別の地形で下した判断でありながら、同じ方向を向いていた。装飾より土地、所有より眺望、価格より泊数。国際ラグジュアリーが日本で書き換えているのは、豪華さの量ではなく、価値の置きどころそのものだ。次に降りるブランドは、どの土地の、何を上位に置くだろうか。その判断にこそ、これからの旅の輪郭が現れる。

次に読むなら