布を屋根にした独立棟が、海辺の宿の選択肢として定着しつつある。コンクリートでもガラスでもなく、張られた膜を天井に持つ客室。その一棟は建築より遮音も断熱も弱く、代わりに波の音と風の圧を室内へそのまま通す。残暑が長く居座り、夜の気温だけが先に落ちていく九月は、この構造がもっとも有利になる季節でもある。本稿では、伊豆・稲取、外房・鴨川、淡路島・釜口に建つ3軒を取り上げ、公式サイトが開示する棟数・床面積・空調・営業期間という四つの数字から、常設テント型が「簡易な宿」ではなく気候を選んだ設計であることを読み解く。
膜が音を通す、という前提
テント型の客室を語るとき、まず押さえておきたいのは、屋根の重さである。遮音という現象は質量に依存する。厚い壁と重い屋根は音を跳ね返し、薄く軽い膜は音を通す。つまり膜屋根の独立棟は、構造上、外の音が入ることを避けられない。海辺に置かれれば、入ってくる音は波の音になる。
これは弱点として語られてきた性質だが、海前の宿においては目的そのものになる。渚に正対した棟で夜を過ごすと、波の音は窓からではなく、頭上の膜全体から降ってくる。音源が横ではなく上にある——この感覚は、同じ距離に建つコンクリートの客室では再現できない。風が強い夜には、膜が受ける圧が微かな張力の変化として室内に伝わる。天候が身体に届く客室、と言い換えてもいい。
円の面積が語るもの
もう一つ、公式サイトの数字から読めることがある。ドーム型テントの客室面積は、しばしば「直径7m・約38㎡」と表記される。直径7mの円の面積は約38.5㎡。つまり公称面積は、円そのものの面積とほぼ完全に一致する。壁で切り分けられた部屋の合計ではなく、床の輪郭がそのまま客室の広さになっているということだ。間仕切りが存在しない一室空間であることが、面積の一行から確認できる。
本稿の3軒のうち、鴨川と淡路の2軒はこの直径7m級を主力に据え、稲取の1軒も公称38㎡と同じ寸法帯に収まる。淡路の最大棟が76㎡なのは、隣接する直径7mドームを二つ使う構成だからで、これも38㎡×2という単純な足し算で説明がつく。膜構造の客室は、規格化された円を並べて宿をつくっている。
1. La-gom(ラゴム) — 静岡・東伊豆町稲取
太平洋の水平線に正対して、膜の棟が二つ。全3棟という小ささが、この宿の設計そのものです。

膜の下の寸法
伊豆急・稲取の海際に、2022年9月に開いた宿です。公式が示す構成は全3棟。うち2棟がドーム型テントの「オーシャンドーム」で、それぞれ客室面積 約38㎡、定員2〜4名、セミダブルベッド2台という同一仕様。残る1棟は古民家を改修した約100㎡のヴィラで、膜の棟と木造の棟が同じ敷地に並ぶ構成になっています。ドームはいずれも1棟貸切仕様で、専用テラスが海側に振られている。
気候への構え
公式サイトはドームを「雨や風に強く」と説明し、各棟の冷暖房完備を明記しています。テント脇には個別のシャワーブースとトイレが用意され、水回りを棟の外に出すことで膜の内側を寝室として純化させた構成と読めます。各棟に冷暖房を備えている点からも、夏の数か月だけ立ち上げる仮設の区画ではなく、通年で稼働させる前提の設備であることが分かります。
数値で読む
- 棟数: 全3棟(オーシャンドーム2棟+オーシャンヴィラ1棟)
- 床面積: ドーム 約38㎡(定員2〜4名)/ヴィラ 約100㎡(定員2〜8名)
- 空調: 各客室に冷暖房完備
- 営業期間: 通年(各棟に冷暖房完備と公式に記載)
- チェックイン: 15:00〜18:00 / アウト 9:00〜11:00
- 所在: 静岡県賀茂郡東伊豆町稲取8-1
- 目安価格: ¥53,000–¥66,000 / 泊(1室2名利用・通常期)
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。本稿の他の2軒は集計に足る販売データが得られなかったため、価格の記載を省いています。
2. シーサイドテラス千葉鴨川 — 千葉・鴨川市江見
直径7mの円が4つ、太平洋に向いて並ぶ。膜の断熱性を公式が言葉にしている、数少ない一軒です。

膜の下の寸法
鴨川市の南、江見の海に面した一帯に建つ宿です。敷地はグランピングエリアとヴィラの二層構成で、膜の棟にあたるグランピングエリアは棟数4棟。客室仕様は「直径7mドーム:約38㎡」と明記され、定員2〜6名、シングルベッド2台にエキストラ寝具4組を加える構成です。別に天然温泉とプライベートプールを備えたヴィラが2棟あり、施設全体では6棟。膜の棟と設備の重い棟を、同じ海の前で選べるようにした設計と言えます。
気候への構え
この宿が興味深いのは、公式サイトがドーム型テントについて「一般的なテントと比較して優れた断熱性を備えています」と踏み込んで書いている点です。膜構造の弱点として語られがちな断熱を、あえて自ら説明している。加えて全客室の冷暖房完備を掲げ、1年を通して稼働させる姿勢を明示しています。各棟には個別のデッキとダイニングが付き、海を眺めながら食事がとれる。房州大橋のバス停から徒歩3分という距離感も、荷を持たずに来られる宿であることを示しています。
数値で読む
- 棟数: グランピングエリア4棟+ヴィラ2棟(計6棟)
- 床面積: 直径7mドーム 約38㎡(定員2〜6名)
- 空調: 全客室に冷暖房完備
- 営業期間: 通年(1年を通して稼働と公式に明記)
- チェックイン: 15:00〜18:00 / アウト グランピング 10:00・ヴィラ 11:00
- アクセス: JR太海駅からバス、房州大橋下車 徒歩3分
- 所在: 千葉県鴨川市江見太夫崎300
3. グランマーレ淡路 — 兵庫・淡路市釜口
約2,700㎡の海辺の敷地に、わずか5棟。膜の下に温泉の湯船を引き込んだ、異例の構成です。

膜の下の寸法
淡路島の東岸、釜口の海沿いに建つ宿です。公式が示す敷地はおよそ2,700㎡、そこに置かれた棟はわずか5。内訳は、3棟のベレットテント(室内面積39㎡、定員2〜4名)、1棟のマーレドーム(38㎡、定員2〜5名、直径7mのドーム型)、そして1棟のモルトドーム(76㎡、定員4〜10名)。モルトドームは隣接する直径7mドームを二つ使う構成で、就寝時間の異なる二〜三世帯が同じ棟で分かれて眠れる設計になっています。全室が海に向いた配置で、公式も全室オーシャンビューを掲げています。
気候への構え
特筆すべきは、全棟に客室温泉風呂を備えている点です。膜の客室に温泉の湯を引くという判断は、この棟が仮設ではなく設備配管を伴う常設であることの、もっとも分かりやすい証明でもあります。公式は冷暖房完備と一年中の快適性を掲げ、冬季には薪ストーブを用意すると案内している。膜と湯と火を同じ敷地に置いて、季節ごとに主役を入れ替える構えです。
数値で読む
- 棟数: 全5棟(ベレットテント3棟・マーレドーム1棟・モルトドーム1棟)
- 床面積: 39㎡ / 38㎡ / 76㎡(室内面積、公式表記)
- 空調: 冷暖房完備(冬季は薪ストーブの用意あり)
- 営業期間: 通年(一年中の稼働を公式に明記)
- 設備: 全棟に客室温泉風呂。モルトドームはプライベートサウナ・ピザ窯を併設
- アクセス: 東浦ICから車で約15分
- 所在: 兵庫県淡路市釜口
常設であることの証明
3軒に共通するのは、いずれも公式サイトが棟数・床面積・空調・営業期間を数字と言葉で開示している点です。可搬式のテントを季節ごとに立てる区画では、この四つは書けない。棟数は流動し、床面積は規格化されず、電源のない区画に冷暖房は置けず、営業は夏の数か月に限られるからです。逆に言えば、この四項目が揃って書かれている時点で、その棟は基礎とインフラを持った建物として運用されていると読める。
そして、常設であることは膜の性質を消すわけではありません。冷暖房が入っても、屋根が布であるという事実は変わらない。だから波の音は入り続けるし、風の夜には膜が鳴る。ここが、この宿泊形式のもっとも面白いところだと編集部は考えます。快適さを建築から借りながら、天候との距離だけはテントのまま残してある。
九月の夜は、その設計がもっとも素直に働く時間帯です。日中の残暑は依然として厳しく、しかし日没後の海風は先に温度を落としていく。石やコンクリートの躯体は昼の熱を夜まで持ち越しますが、薄い膜は熱を溜め込む量が少ない。冷房を切ったあとの室温の落ち方が違う——これは編集部の見立てですが、残暑の渚で膜の棟を選ぶ理由としては十分に成立すると考えています。
よくある質問
Q. 九月の夜、布屋根の客室は快適に眠れますか?
A. 本稿の3軒はいずれも全客室に冷暖房を備えており、室温そのものは空調で管理されます。九月は日中の残暑が残る一方、日没後の海風で外気が下がる時期のため、夜間は空調を弱めても過ごしやすい傾向にあります。ただし膜屋根は遮音性能が低く、波の音や風の音は室内に入ります。静寂を最優先する旅程には向きません。
Q. 常設のテント型客室と、可搬式のテント区画はどう違いますか?
A. 判断材料は公式サイトの記載です。棟数・床面積・空調の有無・営業期間の四つが明記されていれば、基礎とインフラを備えた常設棟として運用されている可能性が高いと言えます。可搬式の区画は棟数や面積が固定されず、電源設備を伴わないため、通年営業や冷暖房完備という表記も現れにくくなります。
Q. 子ども連れでも滞在できますか?
A. 3軒とも定員に幅があり、家族での利用を想定した客室があります。鴨川のドームは定員2〜6名でエキストラ寝具4組を加える構成、淡路のモルトドームは定員4〜10名で棟内が二つのドームに分かれます。稲取のドームは定員2〜4名と小さめで、二人旅に寄せた寸法です。段差や火器の扱いは屋外の設備を伴うため、年齢に応じた確認を各公式サイトで行うことを勧めます。
Q. 冬も営業していますか?
A. 3軒とも通年で稼働しています。淡路は冬季に薪ストーブの設置を予定し、稲取は各棟に冷暖房を備えています。鴨川は1年を通して稼働することを公式に明記しています。季節限定営業ではないという点が、本稿で3軒を選んだ条件のひとつです。
Q. 雨や風の強い日はどう過ごしますか?
A. 稲取は屋根付きの全天候型BBQスペースを各棟に備え、鴨川は棟ごとに個別のダイニングデッキを設けています。膜の客室は雨音が直接届くため、天候そのものは滞在の一部になります。強風時の運営判断は施設ごとに異なるため、当日の対応は各宿への確認が必要です。
本記事の参考情報
・稲取温泉旅館協同組合 — 東伊豆・稲取エリアの観光情報
・鴨川市 — 江見・鴨川エリアの地理と交通情報
・淡路島観光ガイド あわじナビ — 淡路島東岸エリアの観光情報
編集部から
膜の屋根は、建築が長いあいだ排除しようとしてきたものを、そのまま室内に残しています。音、風の圧、雨の粒。海辺の宿がこの構造をあえて選ぶとき、そこには「遮らないこと」への意思があります。本稿の3軒は、その意思を冷暖房と温泉と基礎の上に載せることで、季節の限られた遊びを通年の滞在に変えました。棟数が3、5、6という小ささも偶然ではないでしょう。規格化された円をいくつ置けるかではなく、海に向けて何棟までなら向けられるかで数が決まっている。次に渚で夜を過ごすとき、天井を見上げてみてください。そこに張られているのが布なら、聞こえている波の音は、窓からではなく頭上から降ってきているはずです。