瀬戸内海の凪のうえに、国際ブランドが三軒のブティックリゾートを散らす——その構想が発表されたのは2023年12月のことだった。マンダリン オリエンタル ホテル グループは、東京に次ぐ国内2拠点目として「マンダリン オリエンタル 瀬戸内」を計画。高松と直島は2027年夏の先行開業を予定していたが、2026年7月に2028年春ごろへの延期が発表された。3軒目は別島で2030年以降に続く。1ブランドが内海に三軒を「散らして置く」という発想自体が、これまで都市の超高層を主戦場としてきたマンダリン オリエンタルにとって初の試みであり、世界の高級ブランドのなかでも極めて稀だ。本稿は、開業の二年前にあたる2026年現在地として、用地・港湾・建築言語・運営構想の四つを一軒の文脈で読み解く。
※ 想定価格は地元報道(四国新聞社・OHK岡山放送)に基づく1室1泊の参考値で、開業時の実販売料金とは異なる。本稿は公開された一次資料(公式プレスリリース・設計施工各社の公表資料)の集約に基づく開業前夜の文脈整理である。

1. なぜ「瀬戸内に三軒」なのか — 構想の輪郭
マンダリン オリエンタルがこれまで世界各地で築いてきたのは、香港・ロンドン・ジュネーブ・東京・バンコクに代表される、都市の高層階を借景にした格式のあるアーバンホテルだ。リゾートも展開はあるが、いずれも単体施設としての完結性が前提だった。瀬戸内の構想はその枠組みを離れ、「内海」という地理そのものを舞台に三軒を散らす点で異質である。高松と直島が先行し(開業は2027年夏から2028年春ごろへ延期)、3軒目は別島で2030年以降に控える。三軒は独立した個性を持ちながら、滞在客は専用ヨットで結ぶ。これはマンダリン オリエンタルにとっても初の試みであり、グローバルでも例の少ない「ホテル群+海上動線」モデルだ。瀬戸内国際芸術祭が三年に一度の祝祭で世界の現代アート層を集めてきた島嶼に、定常的なラグジュアリー需要の受け皿を置く、という産業面の含意も大きい。
2. 高松——港湾型アーバンリゾートとして
「マンダリン オリエンタル 瀬戸内 − 高松」は、香川県高松市のサンポート地区B2街区に建つ、地上13階・地下1階・客室92室のアーバンリゾートである。サンポートはJR高松駅と高松港をつなぐ再開発エリアで、瀬戸内の島々への玄関口に立つ。設計は山下設計と竹中工務店が担う。着工は2024年8月1日。2026年7月31日には、開業を当初の2027年夏から2028年春ごろへ延期すると四国電力が発表した。付帯施設としてレストラン、バー、スパ・ウェルネス施設が計画されている。インテリアは英国のスピン社、ランドスケープはソラ・アソシエイツが担当することがマンダリン オリエンタルから発表されている。
都市部の高層階に格式を置く従来のマンダリン オリエンタル文脈と比べると、92室というサイズ感はかなり小さい。同社の東京は179室、香港(本店)は400室超、バンコクは300室超と、いずれも高松の92室を大きく上回る規模だ。高松92室は、ブティック寄りに振り切ったポートフォリオであり、室面積と公共スペース比率を都市型より大きく取る構成が予想される。サンポートは過去にJRホテルクレメント高松(300室規模)が長年運営されてきた地区で、これに国際ブランドが上書きされる構図ではなく、別ストックとして上乗せされる点も需要面で見ておきたい。
3. 直島——三宅家「おおみやけ」と登録有形文化財の敷地
「マンダリン オリエンタル 瀬戸内 − 直島」は、本村地区の三宅家敷地内に計画される全22室の和モダンな日本旅館だ。三宅家は島内で「おおみやけ」と呼び習わされてきた旧庄屋家で、800年余にわたり同地に居を構えてきた。母屋と長屋門は国の登録有形文化財として残る。客室22室は本館スイートと離れ(ヴィラ)3棟を含む構成で、それぞれにプライベートテラスと日本庭園を備える。付帯施設としてレストラン、バー、スパが計画されている。
本村地区は家プロジェクトの舞台となる島の中心集落で、これまで宿泊容量は限られていた。22室というサイズは集落の生活圏を圧迫しないギリギリの規模で、かつ国際ブランドの運営基準を成立させる最小単位でもある。歴史ある屋敷を宿に生かす和モダンの作法は、京都・京の温所、奈良NIPPONIAなど先行事例があるが、国際ブランドが直接運営として手がける例はまだ少ない。マンダリン オリエンタルにとっては東京の都心型から大きく離れた、ブランド史上もっとも繊細な建築アプローチが要求されるプロジェクトになる。
4. ヨットで三軒を結ぶ——内海動線という発明
三軒を結ぶプライベートヨット・クルーズは、マンダリン オリエンタルが世界で初めて導入する宿泊客向けの移動体験になる。瀬戸内は内海ゆえに波が穏やかで、本州・四国・九州に囲まれた閉鎖性海域でありながら、点在する有人島・無人島の数が極めて多い。フェリーで結ばれた島々を観光客が日帰りで回るのが従来モデルだが、「宿泊地そのものが島を移動する」発想は内海でしか成立しにくい。高松港から直島・宮浦港まで、本来公共フェリーで約50分(高速旅客船で約30分)の距離を、専用ヨットで結ぶことで、滞在動線がホテルの一部に変わる。3軒目の場所はまだ発表されていない。
5. 用地・所有・運営の三層構造
マンダリン オリエンタル ホテル グループ自体は「運営」を担う立場で、施設の所有・開発は別主体が担う。高松・直島ともに開発主体は合同会社四国まちづくり&おもてなしプランニングで、四国電力グループおよび地元企業が出資する事業体だ。これは星のや軽井沢や東京のホテルが運営と所有が分かれている構造に似ており、ブランドの運営品質と地元資本の長期保有が両立する形である。地元報道では、高松・直島2軒の事業費は当初約250億円とされ、その後の物価高騰で約340億円に膨らむ見通しと伝えられている。
6. 想定価格と需要構造
四国新聞社・OHK岡山放送など地元各社の取材では、想定室料は「1泊8万円以上」と発表者側から示されている。これはマンダリン オリエンタル東京(179室)よりは抑えられているが、瀬戸内の既存最高クラス(ベネッセハウス・パークなど)の標準帯を上回る水準だ。需要側は、瀬戸内国際芸術祭(次回2028年予定)の海外来訪者、地中美術館・豊島美術館・直島新美術館(2025年5月開館済)を周遊するアートツーリスト、四国遍路や讃岐うどん文化に関心を持つアジア圏富裕層が中心になる。年間を通じた稼働を考えると、芸術祭の祭年とそれ以外の谷年の差を吸収できるかが運営上の鍵で、ヨットクルーズによる「滞在の差別化」はその回答の一つとも読める。
7. 2026年現在地——着工と建設の進捗
2024年8月1日の着工から約2年が経った2026年7月31日、四国電力は資材調達の不安定化や内装・設備仕様の設計見直しを理由に、高松・直島とも2027年夏としていた開業を延期し、2028年春ごろを目指すと発表した。事業費は当初見込みの約250億円から約340億円に膨らむ見通しと報じられており、事業主体は2025年10月、香川県に3年間で80億円の融資を申し込んでいる。
8. 瀬戸内のホテル景観への含意
瀬戸内のラグジュアリー宿泊は、これまでベネッセハウス(直島・65室)、ベラビスタ スパ&マリーナ尾道(45室)、小豆島の一棟貸し系小規模リゾートといった、いずれも小規模で個性的な施設が点在する状態だった。マンダリン オリエンタルの三軒構想は、この景観に「国際ブランドの定常運営」と「複数物件の連携動線」という二つの新軸を持ち込む。芸術祭起点の需要を年間平準化できれば、瀬戸内全体の宿泊単価が中長期で押し上げられる可能性があり、地元の中小宿の競合圧というよりは、エリアの価格レンジを上方拡張する効果が大きいと見られる。一方で、本村集落のように生活圏と観光圏が重なる場所では、地元との関係構築が運営の成否を左右する。マンダリン オリエンタル直島がブランド史上もっとも繊細な運営になる、という冒頭の見立ては、ここに帰着する。
具体情報
- 運営者: マンダリン オリエンタル ホテル グループ
- 開発主体: 合同会社 四国まちづくり&おもてなしプランニング(四国電力・JR四国・竹中工務店・地銀など9社出資)
- 高松所在地: 香川県高松市サンポート地区 B2街区(JR高松駅に隣接、高松港のハーバーフロント)
- 高松規模: 92室、地上13階+地下1階、設計 山下設計+竹中工務店
- 直島所在地: 香川県香川郡直島町本村地区(三宅家「おおみやけ」敷地内、宮浦港から町営バスで本村地区まで約6〜7分)
- 直島規模: 22室、本館スイート+離れ3棟、母屋・長屋門は国の登録有形文化財を保存改修
- 3軒目: 別島・客室50室・wellness中心、2030年以降開業予定
- 想定価格帯: 1泊8万円以上(地元報道、開業時の実料金は未確定)
- 独自体験: 3軒間をプライベートヨットで結ぶクルーズ(マンダリン オリエンタル初の試み)
- 姉妹ホテル: マンダリン オリエンタル東京(日本橋・179室・2005年開業)
編集部の評価
評価の内訳: 国際ブランド適合度(マンダリン オリエンタル × 92+22+50室の三軒構想)/立地(高松港湾型+直島本村文化財)/建築言語(山下設計・竹中工務店・スピン社・ソラ・アソシエイツ)/独自体験(私的ヨット動線)/瀬戸内景観への文脈適合度。開業前のため公開レビュー実績は反映していないが、公式発表ベースのアンティシペーション・スコアとして示す。
よくある質問
Q. 予約はいつから始まりますか?
A. 予約開始時期は公式に発表されていない。開業は2026年7月に2027年夏から2028年春ごろへの延期が発表されており、予約受付の告知はマンダリン オリエンタルからの追加発表を待ちたい。
Q. 高松と直島、どちらに泊まるべきですか?
A. 用途で分かれる。瀬戸内全体の周遊起点としては高松92室の港湾型アーバンリゾートが拠点として機能しやすく、四国全土への移動・讃岐うどん文化・栗林公園などの地域文化を組み合わせやすい。直島22室は本村集落の歴史と現代アート集積(地中美術館・李禹煥美術館・家プロジェクト・直島新美術館)に深く没入するための滞在で、最低2泊以上を想定したい。三軒のヨット連泊が実現すれば、両方を組み合わせる5〜7泊のロングステイが最も贅沢な使い方になる。
Q. 子連れで泊まれますか?
A. 公式の年齢制限は現時点で発表されていない。マンダリン オリエンタルは基本的に子連れ受け入れ可のブランドで、東京物件もファミリー向けプログラムを持つ。直島の和モダン旅館スタイルでは離れ棟(ヴィラ)が家族滞在に向く構成と推測される。開業時の客室カテゴリと添い寝条件の発表を待ちたい。
Q. ヨットクルーズはいつから利用できますか?
A. 三軒のうち高松・直島の二軒は2028年春ごろ開業予定(当初2027年夏から延期)、3軒目は2030年以降の予定。ヨットクルーズ構想は三軒すべての開業を前提とする可能性が高く、本格運用は2030年以降と見るのが妥当。ただし二軒間の宿泊客送迎は開業時点で何らかの形で運用される可能性がある。詳細はマンダリン オリエンタルからの追加発表を待ちたい。
Q. 東京のマンダリン オリエンタルとはどう違いますか?
A. マンダリン オリエンタル東京は日本橋三井タワー上層階の179室、純粋な都市型ラグジュアリーで、レストランやスパ機能が高層から東京を見下ろす構成だ。瀬戸内は対照的に内海の島嶼と港湾を地理として取り込み、3軒で計164室(高松92+直島22+3軒目50)という分散ポートフォリオを取る。「都市の格式」を「群島の格式」に翻訳する試みであり、滞在の主役は建築よりも海・島・アートの体験になる。
本記事の参考情報
・マンダリン オリエンタル ホテル グループ プレスリリース(英文公式) — 三軒構想の一次資料
・マンダリン オリエンタル ホテル グループ 日本語プレスリリース(PR TIMES) — 日本語版発表資料
・竹中工務店ニュースリリース 2023-12-15 — 設計施工側からの公式資料
・瀬戸内国際芸術祭 公式サイト — 直島・本村地区の現代アート文脈
編集部から
開業は2028年春ごろへ延期された。今、瀬戸内に立って見えるのは、ようやく姿を現しはじめた高松B2街区の躯体と、本村集落の中で長屋門が修復を受ける姿だ。マンダリン オリエンタルが世界各地で培った「都市の格式」を、群島の海と光と歴史にどう翻訳するか。本稿は開業二年前の現在地を一軒の文脈で整理したが、二軒が開いた瞬間、瀬戸内という地理そのものが世界の高級リゾート地図に再配置される可能性がある。次回は3軒目の場所が発表され次第、三軒のヨット動線が描き出す海路を実際の航路図に重ねて読み直したい。